使徒パウロは2年間の先の見えない監禁生活が続いていました。しかも本人にはいつ終わるかも知らされていない先の見えない状況です。しかし、2年後にそれは突然終わりました。そして突然彼は歴史の表舞台に立ちます。この後彼は、次々とイスラエル、そしてローマ帝国の有力者達に福音を証しするようになるのです。総督フェリクス、フェストゥス、ヘロデ・アグリッパ王、そしてローマ皇帝に上訴するのです。
私達もそうであります。今は先の見えない状況があるでしょうか?行き詰っているでしょうか?しかし、主に祈りながら自分自身が整えられ、訓練されているならば、突然それが終わる時がやってくることを信じます。そして、主が公の生涯で用いて下さることを期待し、信じましょう。
いつも私達は考えます。自分の人生が行き詰っていたあの何年間は何の意味があったのだろうか?と。その時には実りがないかもしれません。結果が出ないかもしれません。モーセも40年間のミディアンの荒れ野での生活を振り返りながら思った事があるかもしれません。あの40年間は本当に必要だったのか?しかし、私達は信仰によって、私達の人生の今までの歩みは無駄ではなかったと言う事が必要です。必ず主は必要な段階を踏ませることで私達の人生を勧めようとしていることを知りましょう。